欧州海上安全レポート

No.26-04_1 記事
26-04-1. EU港湾戦略およびEU海事産業戦略を公表

26-04-1. EU港湾戦略およびEU海事産業戦略を公表

 

2026年3月4日、欧州委員会は、EU港湾戦略とEU海事産業戦略という2つの重要な政策イニシアチブを公表しました。これらは、EUの港湾、海運、造船を含む海事エコシステム全体の競争力、持続可能性、安全性、レジリエンスを強化する方向性を示すものです[1-1]

 

EU港湾戦略は、EU港湾の競争力強化、エネルギー転換への対応能力の向上、脱炭素化の支援、安全性・レジリエンスの向上に重点を置き、これらを支える十分な支援措置を講じることを目的としています。欧州委員会は、これらの目標を達成するための複数の行動を提示しており、特に安全保障面では、麻薬密輸対策を重要な柱の一つに位置付けています。具体的には、欧州委員会は港湾労働者の身元調査に関するEU枠組みを提案する方針を示しています。また、港湾の安全確保の観点から、法執行機関、税関、港湾当局、産業界の連携強化や、ベストプラクティスの共有も打ち出されています。

また、この戦略では、EUの港湾国検査(PSC)制度にも言及しています。これは、EU港湾に寄港する外国船舶に対し、国際的な安全・保安・環境基準への適合を確認するための検査制度です。これに関連して、国際レベルでも最近重要な進展がありました。IMOは2026年2月26日、欧州・北大西洋地域における港湾国検査の地域協力枠組みであるパリ覚書(Paris MoU)との更新版データ交換協定に署名し、3月5日に公表しました。IMOによれば、この更新は、世界的なPSC活動の調和を支援し、情報共有を強化して船舶検査の実効性を高めることを目的としています[1-2]

 

《備考》 パリ覚書(Paris MoU; Paris Memorandum of Understanding on Port State Control)とは、欧州・北大西洋地域の港湾国検査(PSC)を協調して実施するための地域的な協力枠組みです。各国の海事当局が、外国船舶に対する検査をできるだけ共通の基準・手順で実施し、基準を満たさないサブスタンダード船の運航を排除することを目的としています。Paris MoUは、調和されたPSC制度、船舶リスクプロファイル、検査選定制度などを通じて、地域全体の検査実効性を高める役割を果たしています。

 

これと並行して、欧州委員会はEU海事産業戦略も公表しました。同戦略の全体目的は、海事製造業および海運業における競争力、イノベーション、技術的主導力を高めることにあります。戦略は、3つの柱、すなわち(1)建造・装備・修理、(2)輸送・接続、(3)安全・保護を中心に構成され、これを横断する重点事項として、イノベーション、資金調達・投資、技能・質の高い雇用が位置付けられています[1-3]

内容面では、この戦略には、サイバーセキュリティ規則の強化、原子力推進船に関する政策枠組みの検討、洋上サービス船・産業支援船に関する相互承認の可能性、船舶用機器指令の見直し、IMOにおける安全・環境基準形成へのEUの関与強化、さらにEU ETS見直しの中で海運の脱炭素化を支援する新たな仕組みの検討などが含まれています。

 

《備考》 EU ETS(EU Emissions Trading System)とは、EUの排出量取引制度です。温室効果ガスを多く排出する事業者に対し、「排出できる総量」に上限を設け、その範囲内で排出枠(allowances)を売買できるようにする仕組みです。EU ETSは、いわゆる cap and trade の制度であり、発電、産業、航空に加え、海運についても2024年から適用対象となっています。なお、FuelEU Maritimeとの違いは、EU ETSが「排出に価格を付ける制度」であるのに対し、FuelEU Maritimeは「船上で使用するエネルギーの温室効果ガス強度を段階的に引き下げることを求める制度」**である点にあります。すなわち、EU ETSは排出量に応じた経済的負担を通じて削減を促す仕組みであり、FuelEU Maritimeは再生可能燃料・低炭素燃料や陸上電力の利用を促進することで、海運の脱炭素化を進める制度です。

 

これらの戦略は、現時点では法的拘束力を持つものではありません。しかし、欧州委員会がEUの港湾・海事エコシステムをどのように位置付け、今後どの分野を重点的に制度化・支援していくのかを包括的に示す政策文書であり、今後数年間の立法上・政策上の優先順位を見通すうえで重要な意味を持ちます。

 

(日本海難防止協会ロンドン事務所長 立石良介)

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